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飯田城の歴史
飯田城の歴史
飯田城は、13世紀初めに小笠原氏の一族の坂西氏によって現在の長姫神社辺りに本丸が築かれたといわれています。
その後、毛利氏、京極氏、小笠原氏と戦国と動乱の中で、城或いは城下町を改修し、江戸時代的な城郭や町屋を完成させたのは脇坂氏の頃だとされています。
長姫神社一帯に本丸、三宜亭本館辺りには山伏丸、美術博物館辺りに二の丸、中央図書館辺りに三の丸、そして合同庁舎近辺に桜丸が造られ、さらに町との堺には堀が設けられました。それが現在の銀座通り(堀端)です。城は明治4年に取り壊されるまで堀氏12代まで続きました。
長姫神社は、堀氏の先祖 久太郎秀政・親良・飯田堀氏の初代親昌を祭っていることから、別名「御三霊様」と親しみを込めて地元民から呼ばれています。
飯田城の歴史を振り返ると日本史に名を残すような卓抜した武将も、また川中島のような戦いも無く、戦国の世には常にある家督争いの紛争は繰り返してはいたものの、比較的平穏な山村であったと思われます。
唯一、鈴岡城の攻防や松尾城・神の峯城の戦い等、武田家統治下の二十数年間が歴史の中では一番興味のあるところと言えます。